【専門家が解説|ドル円予想】1/7指標後(ADP/ISM/JOLTS)の値動き分析と今後の見通し

経済分析

2026年1月8日未明、ドル円相場は156円台半ばで推移を続けています。

この水準は、一見すると安定的に見えますが、実際には米国経済の「相反するシグナル」によって方向感を失い、次の大きな動きを待つ緊張状態にあると言えます。

1月7日に発表された三つの重要経済指標は、市場参加者に混乱をもたらし、トレーダーたちは週末の雇用統計という「最終審判」を固唾を呑んで待っている状況です。

本稿では、プロの視点から1月7日の指標発表後のドル円の値動きを詳細に分析し、今後の相場展開について具体的な予測を提示します。

執筆者プロフィール:
外資系金融機関で10年以上、為替ディーラー・ストラテジストとして勤務。日本経済新聞、Bloomberg、ロイターなど主要メディアへの寄稿多数。年間1000本以上のレポートを執筆し、機関投資家・個人投資家双方から高い評価を得ている。

1月7日の三つの指標が示した「データの霧」

ADP雇用統計:期待外れの増加幅

民間給与計算代行大手ADP社が発表した12月の雇用統計は、市場に冷や水を浴びせる結果となりました。新規雇用者数は4.1万人増加にとどまり、市場予想の4.7万人を下回ったのです。

前月のマイナス2.9万人という衝撃的な数字からの反動としては力強さに欠けており、米国労働市場の基調的な弱さを露呈しました。特に注目すべきは、雇用増加が「教育・医療サービス」や「レジャー・接客」といった比較的賃金水準の低いセクターに偏っており、製造業や金融といった高付加価値セクターでの雇用創出が停滞している点です。

この結果は本来であれば明確な「ドル売り」材料ですが、ADP統計は政府公式統計との乖離が大きいことで知られているため、市場の反応は限定的でした。

ISM非製造業景況指数:予想を大きく上回る強さ

一方、供給管理協会(ISM)が発表した非製造業景況指数は、市場に安心感を与える結果となりました。12月の指数は54.4を記録し、予想の52.2を大幅に上回ったのです。

この指数が示す最も重要なメッセージは、米国経済の7割以上を占めるサービス部門が極めて堅調であるという事実です。特に構成要素である「雇用指数」が拡大圏(50以上)に回復したことは、ADPが示した悲観的な見方と真っ向から対立する内容でした。

さらに価格指数が64.3と高水準を維持していることは、サービスインフレの粘着性が解消されていないことを示唆しており、連邦準備制度理事会(FRB)による急速な利下げ期待を後退させる要因となりました。

JOLTS求人件数:衝撃的な急減

そして市場に最も大きな衝撃を与えたのが、労働省が発表した雇用動態調査(JOLTS)でした。11月の求人件数は714.6万件まで急減し、予想の760.0万件を大幅に下回ったのです。

この数字が持つ意味は極めて重大です。求人倍率が1.0倍を割り込み0.9倍まで低下したことは、職を探す失業者一人に対して用意されているポストが一つ未満という状況を示しています。労働市場は完全に「売り手市場」から「買い手市場」へと転換したのです。

求人数は将来の雇用者数を先取りする先行指標であるため、この急減は今後の雇用統計の悪化を予兆するものとして警戒されています。

指標発表後のドル円の値動き:拮抗する二つの力

1月7日夜から8日未明にかけてのドル円相場は、これら三つの指標が発する矛盾したメッセージによって、明確な方向性を示すことができませんでした。

指標発表直後、15分足チャートではJOLTS求人件数の悪化を受けて一時的な下落が見られましたが、すぐにISM非製造業景況指数の好結果を好感した押し目買いによって吸収されました。156.50円を挟んだ激しい攻防が繰り広げられ、上ヒゲと下ヒゲが交錯するローソク足の形状は、売り手と買い手の勢力が完全に拮抗していることを物語っています。

現在の水準は、「経済の底堅さ」を示すISMの強さと、「雇用崩壊リスク」を示すJOLTSの弱さという二つの巨大な力に挟まれた結果です。米国債10年物利回りが4.14%付近まで低下しているにもかかわらず、ドル円の下落が限定的である点は、円の構造的な弱さやユーロ安といった他通貨要因がドルを相対的に支えていることを示しています。

テクニカル分析:トレンドは維持も過熱感に警戒

長期的な視点から見ると、ドル円は2025年後半から続く上昇チャネルの内部で推移しており、日足レベルの移動平均線(20日、50日)は依然として上向きを維持しています。現在の156円台という水準は、この上昇トレンドの中腹に位置しており、構造的な崩壊の兆候は見られません。

しかし週足チャートでは、160円台という歴史的な高値圏での推移が続いており、RSI(相対力指数)などのオシレーター系指標にはわずかに過熱感の兆候が現れ始めています。上昇トレンドの「老朽化」に対する警戒が必要な局面に差し掛かっていると言えるでしょう。

特に156.80円から157.00円のゾーンには、日本の財務省による為替介入への警戒感や投機筋の利益確定売りが控えており、厚い売り注文の壁として機能しています。過去、158円から160円ゾーンは実弾介入が行われた「レッドゾーン」であり、この水準に近づくにつれて上値は重くなる傾向があります。

中央銀行の政策スタンス:日米の綱引き

ドル円相場の方向性を決定づける最も重要な要因は、FRBと日本銀行の金融政策の方向性です。

FRBは過去3回の会合で連続して利下げを実施しており、政策転換サイクルに入っています。今回のJOLTSとADPの弱さは、1月27-28日に予定されている次回FOMCでの追加利下げ観測を補強するものです。しかしISMの価格指数が高止まりしていることは、インフレ再燃のリスクが消えていないことを示唆しており、パウエル議長をはじめとするFRB高官を慎重にさせる要因となっています。

一方、日本銀行の植田総裁は「インフレが持続的であれば追加利上げを行う」とのスタンスを維持しており、市場の一部では1月23日の決定会合での利上げ観測も浮上しています。日米金利差の縮小期待は円高圧力として作用するため、ドル円の上値を抑える重石となっているのです。

現在の156円台という水準は、依然としてドル優位の日米金利差と、日銀のタカ派化リスクとの間の妥協点として機能していると言えます。

今後の展望:三つのシナリオ

短期予想(1月8日から週末)

本日の東京市場およびロンドン市場では、前日の指標の「消化不良」感が残り、明確なトレンドが発生しにくい展開が予想されます。156.20円から156.90円のレンジ相場となる可能性が高いでしょう。

上値の目処は156.80円です。この水準に近づくと、日本の輸出企業による実需の売りや短期筋の利益確定売りが出やすくなります。また157円台への突入を阻止したい本邦当局の「牽制発言」が出るリスクもあり、上値は重いと考えられます。

下値の目処は156.20円から155.80円です。JOLTSショックによる下押し圧力は残りますが、155円台後半には本邦輸入企業や機関投資家の押し目買い需要が控えており、底堅い動きとなるでしょう。

中期予想(雇用統計発表まで)

市場の焦点は完全に1月9日(金)発表の雇用統計(NFP)に移行します。ADPとJOLTSの弱さがNFPで確認されるかどうかが最大の争点です。

弱気追認シナリオ(確率30%):NFPが予想を大きく下回る場合、ADPとJOLTSの警告が正しかったことが証明されます。この場合、ISMの好結果は無視され、「リセッション懸念」が一気に台頭します。ドル円は155.00円のサポートを割り込み、154.00円方向へ急落する可能性があります。

強気サプライズシナリオ(確率25%):NFPが予想を上回り、かつ失業率が低水準を維持する場合、ADPとJOLTSは「統計上のノイズ」として切り捨てられます。ISMの強さが再評価され、金利は急騰し、ドル円は157.50円を突破して158円台の介入警戒ゾーンへ突入するでしょう。

中立シナリオ(確率45%):NFPが予想に近い結果となる場合、現在の「データの霧」は晴れず、156円台でのレンジ相場が継続します。市場は次のFOMC会合まで様子見姿勢を強めることになります。

投資戦略:慎重なポジション管理が鍵

現状の水準は「中立」です。強引なポジション構築は避け、以下のポイントに注目すべきでしょう。

東京時間の仲値(9:55)では、実需フローで一時的に円安が進む可能性がありますが、156.60円を超えて定着できなければ戻り売りの好機となります。欧州時間の初動(15:00-16:00)では、欧州勢がJOLTSの弱さを蒸し返してドル売りを仕掛けてくる可能性があり、156.20円を割り込んだ場合は短期的な下落トレンドが発生するかもしれません。

主要なレジスタンスは156.80円、157.30円、158.00円、サポートは156.20円、155.80円、155.20円です。

まとめ

現状のドル円相場は、ISM非製造業景況指数が示す経済の底堅さと、JOLTS求人件数が示す雇用の崩壊リスクという二つの巨大な力に挟まれ、身動きが取れない状態です。

テクニカル的には上昇トレンドを維持していますが、ファンダメンタルズの地盤はADPとJOLTSの結果を受けて確実に軟化しています。現在は積極的な方向掛けよりも、レンジ内での細かい利益確定を優先し、金曜日の雇用統計というビッグイベントに向けたリスク管理を行うことが最も賢明な戦略です。